【本日の名言】天下最も多きは人なり最も少なきも人なりby黒田孝高(軍師・官兵衛)とはどんな人物?意味・解釈・教訓は?

天下最も多きは人なり最も少なきも人なり

【本日の名言】「天下最も多きは人なり 最も少なきも人なり」とは戦国武将・軍師・黒田勘兵衛として知られる黒田孝高という人物が残したとされる言葉であるが、その意味・解釈・教訓とは?豊富秀吉の右腕、軍師官兵衛としての名が有名となった黒田孝高とはどんな人物で何をした人?




【本日の名言】「天下最も多きは人なり 最も少なきも人なり」の意味・解釈・教訓とは?

この言葉の出典は戦国武将・軍師・黒田勘兵衛(かんべえ)こと黒田孝高(くろだよしたか)
『日本智嚢(にほんちじょう)』にて記したという説がある

天下
最も多きは人なり

最も少なきも人なり

この意味とは、天下(世の中、国全体、国中)には非常に多くの人間がいるが、最も少ないのは本当に有能な人材である。
世間に人は数多くいれど、その中に真に使える優秀な人材というものは少ない

という意味である。現代のビジネスシーンにおいても通用する言葉である。

これは黒田官兵衛こと黒田孝高豊富秀吉から
「世の中で最も多いものは何か?」
と問われ、答えたものであると言われている。

天下で一番多いものはなんであるか?
    それは人であります。
では逆に最も少ないものはなんだ?
     それも人であります。
と答えたという。

天下とはもともと一国全体のことをさしたが、今や地球上全体を見渡しても人間はたくさんいる。
そんな大量にいる人間の中でも本当に重要な仕事をすることのできる優秀な人材というのはなかなかいない。ごく少ないものだ。

要するに、
単純なる『人(ひと)』はたくさんいれども、
『人材(じんざい)』=才能のある役に立つ有能な人物と呼べるものは非常に少ないということを言い表している名言である。




軍師・官兵衛(かんべえ)こと黒田孝高(よしたか)とはどんな人物?

黒田孝高
初名:祐隆(すけたか) 孝隆(よしたか) 幼名:万吉
通称:勘兵衛・官兵衛 官兵衛孝高(かんべえよしたか)  あだ名:黒勘(クロカン)
号:黒田如水(剃髪後)   キリスト洗礼名:ドン・シメオン


1546年姫路にて誕生〜1604年伏見にて没(享年59歳)
安土桃山時代の武将・キリシタン大名・陸奥守・参議・権中納言勘解由次官

黒田孝高姫路に生まれ、早くに母を亡くしている。
幼少期は文学を好んだという。しかし、時は乱世。風流な句を詠んいる場合ではないと
近所の僧侶にたしなめられ兵学や、弓馬の道を極めることに。

初めは小寺氏に属し、小寺姓を名乗り、姫路城に仕えた
織田信長、ついで豊臣秀吉に仕えた。

特に秀吉の西国経営の参謀として活躍が有名であり
秀吉の右腕、軍師としての功績が有名となるが、軍師官兵衛と呼ばれるようになったのは後世のこと。

・せき止めた川の水を白に導き、城ごと孤立させ攻めるという『水攻め』
・敵の食料補給路を断ち、戦力を弱らせ餓死させるという『兵糧攻め』を徹底的に行った際の策士だったとしても有名である。

子、長政に豊前の所領12万石を譲るがなおも秀吉に重用され朝鮮出兵にも参加。
秀吉の死後は石田三成と対立し、1600年の関ヶ原の戦いに息子、長政を出陣させた

茶人としても有名で、晩年は穏やかに過ごし、病によってこの世を去った。
人間的に魅力に溢れる人物であったという逸話が数多く残っている。
興味を持たれた方は詳しくは書籍などを読んでみることをお勧めします。

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