【本日の名言】「山のあなたの空遠く「幸(さいわい)」住むと人のいふ」とはドイツの詩人、小説家でもあるブッセこと、カール・ブッセによる詩を上田敏(うえだびん)によって日本語訳した詩歌の一部であるが、その意味・解釈・教訓とは?この名言を含む詩を残したブッセとはどのような人物だったのか?
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山のあなたの空遠く「幸」住むと人のいふ の意味・解釈・教訓とは?
名言と言われるこの一文の出典は、
上田敏による日本語訳詩集『海潮音(かいちょうおん)』に掲載された
ドイツの詩人・小説家カール・ブッセによる詩『山のあなた』からである。
この名言とされる一文には続きがある。
山のあなたの空遠く
「幸(さいわい)」住むと人のいふ(う)
噫(ああ)、われひとと、尋めゆきて(とめゆきて)
涙さしぐみ かへりきぬ
山のあなたに なほ遠く
「幸(さいわい)」住むと人のいふ
である。
この詩の意味は
「山のあなた」 とは山のずっと向こう側、山の彼方(かなた)遠いところのこと
「幸住むと」 とは 幸福、幸せの理想郷がある
「尋めゆきて(とめゆきて)」とは、尋め行く(とめゆく)こと、訪ねて行く、探しに行くこと
「涙さしぐみ」とは 涙ぐむこと、涙ぐんで、涙がわいてくること
現代語風に意味を訳してみると・・・
山の向こうの彼方遠くに、幸せの理想郷(理想の国、理想の場所)があるというから
探しにいってみたけども、見つからないので涙ぐんで帰ってきた。
山のはるかかなたに、幸福(理想郷)があると人はいう・・・・
といった意味で、なんとなく、その光景を想像してみると、非常に哀愁漂う雰囲気の詩ですが
この詩の解釈と教訓としては
人がいう「幸せ」や「理想郷」ような「幸福」なんてものは、
彼方遠くへ探し求めて行ったところで見つけることはできない。
はるかかなた遠くにある幸せよりもすぐそばにある幸せに気づくことが大事ということ
「幸せ」というものは遠くに探しに行って見つけるものではなく、
今ここで感じることができること、いつでもどこでもが幸せを感じることが幸せなんだろう。
それを見つけらる、そのことに気づくことができた時がまさに幸せといえるのではないだろうか?
この詩の元のドイツ語の原文をGoogle 翻訳で日本語に訳してみるとこうなります
ほとんど直訳なのでちょっとやっぱり雰囲気が変になりますが・・・・
Über den Bergen, weit zu wandern,
sagen die Leute, wohnt das Glück.
Ach und ich ging im Schwarme der andern,
kam mit verweinten Augen zurück.
Über den Bergen, weit, weit drüben,
sagen die Leute, wohnt das Glück…
↓
山を越え、遠く歩いて、
人々は幸福が宿る、と言います。
ああ、そして私は他人の軍隊に行きました、
涙で染まった目で戻ってきた。
山の向こうに、はるかに、はるかに
幸運を住んでいると人々が言います…
これを見ると、やはり上田敏(うえだびん)さんの翻訳がいかに名訳だったのかがわかる気がする。
カール・ブッセとはどんな人物だったの?
Carl Busse カール・ブッセ
Carl Hermann Busse カール・ヘルマン・ブッセ
ドイツ語:Karl Hermann Busse
1872年誕生〜1918年没(享年46歳)
ドイツ新ロマン派の詩人、小説家、評論家
カール・ブッセは現在のポーランドで生まれた。
中等教育を終えたあとにはベルリンで軍事教育を受け
ベルリンのフンボルト大学で哲学や歴史などを学び、ノヴァリスの詩についての論文で博士号を取得
大学卒業後は作家兼文芸評論家として活躍
政治や芸術、文学雑誌の副編集長も務めた
小説『青春の嵐』では故郷の情景をよく描いたが文芸評論としては自然主義を否定
ヘルマン・ヘッセの詩のサ才能を高く評価し、ヘッセの『詩集』は
ブッセによって編集された『新進ドイツ抒情詩人』に加えられた。
1905年(明治38年)に上田敏(うえだびん)による日本語訳の
海外西欧(仏、独、伊、英など)の詩作を集めた訳詩集『海潮音』に収録された
ブッセの『山のあなた』は日本でよく知られるようになった。
第一次世界大戦中1916年にブッセは民兵に加わり戦い
1918年に流行していたインフルエンザに罹患し、命を落とした。
母国ドイツよりも、上田敏の日本語訳
『山のあなたの空遠く』という名訳によって
日本での方がブッセの名は有名となった。
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