【本日の名言】「鳥は林を願う 鳥にあらざればその心を知らず」とは鎌倉前期の歌人・ 鴨長明(かものちょうめい)による随筆集『方丈記(ほうじょうき)』に出てくる言葉だが、その意味・解釈・教訓とは?
50歳で俗世間から離れ出家して隠遁(閑居)生活を送った鴨長明とはどんな人物?
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目次
「鳥は林を願う 鳥にあらざればその心を知らず」とはどんな意味・解釈・教訓?
この言葉の出典は鎌倉前期の歌人・鴨長明(かものちょうめい)の著書
随筆集『方丈記(ほうじょうき)』に登場する記述からである。
元となる文章は結構長く・・・・
元々は鴨長明による、閑居(世俗を離れて静かに暮らすこと)を人々にすすめている文章である
若し人このいへる事を疑はゞ、魚と鳥とのありさまを見よ。
魚は水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。
鳥は林を願ふ。鳥にあらざれば其の心をしらず。
閑居の氣味もまた同じ。住まずして誰かさとらむ。
もしも私の言っていることを疑うのであれば、魚と鳥の有様を見るべきだ
魚は水の中にいることに飽きることはない。魚でなければその心はわからない
鳥は林にいることを願う。鳥でなければその心はわからない。
閑居(世俗を離れて静かに暮らすこと)の気持ちもまた同じで、閑居してみないで誰がその気持ちがわかるというのか。
要するに
人様の気持ちは当の本人になってみないとなかなかわからないものだということを言っている。
理解ができなくとも、魚には魚の、鳥には鳥の生き方があるように
その人にはその人の考え方、気持ちがあって生き方もそれぞれだということ。
理解できない、わからないからと他者を排除するのではなく
それぞれの生き方や考え方を尊重しあうことも重要である
多様性を受容することの大切さを説いている名言だろう。
日本の三大随筆のひとつ『方丈記』とは?
鎌倉初期の鴨長明による随筆集『方丈記』ってどんな本?
「方丈」とは1丈(およそ3m)四方 約四畳半ほどの広さのこと
鴨長明が出家して日野山にある方丈の庵(あん:仮小屋のようなもの)に住み
隠遁(いんとん)、遁世(とんせい)、隠棲(いんせい)=世俗(俗世間)を離れて山中などでひっそりと静かに隠れ住むこと
そのような生活をしながら考えたことや日常などを綴った随筆集
鴨長明といえば『方丈記』と教科書にものっているが流麗・簡潔な文体が特徴
『方丈記』は『枕草子(清少納言)』『徒然草(吉田兼好)』と並ぶ日本の三大随筆の一つである。
その内容は仏教的無常観をベースとし、様々な実例をあげつつ人生の無常厭世をつづった隠者文学の代表である。
鴨長明(かものちょうめい)とはどんな人物?
鴨長明(カモノチョウメイ)(俗名:かものながあきら)
法名:蓮胤(れんいん) 別名:南大夫、菊大夫とも
1155年ごろ誕生〜1216年没(享年61歳)
鎌倉前期の歌人・随筆家
鴨長明(かものちょうめい)は京都の賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)
=通称下鴨神社の禰宜(ねぎ:神職)の家系に次男として生まれた。
和歌を学び、後鳥羽院に歌人としての才能を認められ、
新古今和歌集にも入選するなど和歌所寄人となり数々の歌を詠んだ
かねてからの望みであった神職(禰宜)としての出世の道を閉ざされ、50歳で遁世する
遁世(とんせい)とは俗世間の汚濁やわずらわしさをのがれて仏門に入ること
一説には許されたものしか演奏できないとされる秘曲『啄木(たくぼく)』という雅楽における琵琶の曲を
鴨長明が伝授を受けていないのに無断で演奏したことがきっかけとなって50歳で出家し、隠遁生活に入ったという逸話もある。
日野の外山に、方丈の庵(仮小屋)での閑居生活の中で、多くの随筆を綴って晩年を過ごした。
鴨長明に関連する作品
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