【本日の名言】『真夏には冬の支度を、厳寒に夏の準備を』by本多静六(ほんだせいろく)とは 日本の「公園の父」・東大農学部教授であったの本多静六 による言葉だが、その意味・解釈・教訓とは?日本の森を育てた人、林学者、投資家、作家、億万長者 国立大学教授という一般人から億万長者になり「蓄財の神」とまで呼ばれた本多静六 とはどんな人物?そのほかの名言や関連する本などを紹介
目次
【本日の名言】 「真夏には冬の支度を、厳寒に夏の準備を」の意味・解釈・教訓とは?
この言葉の参考出典は 本多静六 による 『私の生活流儀』『人生計画の立て方』より
真夏には冬の支度を、厳寒に夏の準備をの言葉の意味とは?
何事においても物事を先延ばしにせず
何事も先へ先へと物事に備えることが重要であるという意味である。
地方の名家に生まれながらも幼くして父親を亡くし、
苦しい生活の中で必死に勉学を修めた苦学の人であった静六の信条でもあったこの言葉
真夏には冬の支度を、厳寒に夏の準備を
から得られる教訓としては、
時間の使い方を見直し、時間の有効活用をすること。
効率的に仕事を進めて仕事を先回しに取り組むこと。
できる仕事を先送りせず、前もって手早く取り組んでおき、
余裕をもって新しい仕事に取り組む姿勢が大事であるということだろう。
自分の仕事は自分自身でやり、しかも出来るだけ先へ先へと早めに片付けておくことを自分に課していた
本多静六は山林学者であり、山や林、自然を相手の仕事は天候に左右される
天候の良い日には外での仕事をできる限り多く行い
天気の悪い日には室内でできる事務仕事を行なった。
今日のできる仕事を明日へ明日へと繰り越さない。
1日繰り越された仕事はさらに翌々日へと次第に後回しにされた仕事が積み重なって行くだろう
基本的なことであり当たり前だとも思えるかもしれないが意外と上手にできないのが
限られている時間を可能な限り有効活用することである。
仕事の大きな手落ち(ミス)は慌てて片付けようとする際にのみ起きるようだ
そして後回しになっていた仕事が溜まっている状態では不意に起きた事態に対応することができなくなってしまう。
そうならないためには、むしろ明日の仕事を今日、明後日の仕事は明日へと早め早めに片付けていく方が
いかなる場合でも手落ちや失敗をすることがほとんどなくなるだろう。
特に現代は物事の変化のスピードが桁違いに早い。
そんな現代だからこそ忙しいからと言い訳をして先送りにせず何事も早め早めの行動で余裕を持つことが重要である。
本多静六のその他の名言や関連本おすすめ
□人生即努力、努力即幸福
□人生はハシカ(麻疹)と同じだ。
どうせかかるなら早い方がいい。
貧乏な家に生まれたことを喜べ
□他人との比較で自分を疲れさせてはならない
□金を馬鹿にするものは金に馬鹿にされる。
これが世の中の偽らぬ実情である
本多静六 (ほんだせいろく) とはどんな人物?何をした人?
本名は 本多静六 別名 折原静六
1866年(慶応2年)7月2日 現在の埼玉県久喜市 で誕生〜 1952年 享年85歳で没
日本の「公園の父」・東大農学部教授林学者、投資家、作家、億万長者
本多静六 に関するエピソードや人物像
本多静六は裕福なその土地の名主である農家のもとに生まれたが9歳の頃に父親が急逝すると
多額の借金が発覚し、それまでの豊かな生活とは異なる貧しく苦しい生活を余儀なくされた。
しかし、勉強をしたい一心であった静六は14歳で書生として住み込みながら
農繁期には帰省して家の農作業を手伝い
農閑期には上京して住み込みで働きながら寝る間を惜しんで勉学に励むという生活を続けた
のちの帝国大学農科大学である東京山林学校に入学し首席で卒業した
より本格的な林学を学ぶためにドイツへ留学しドイツでは2つの学校で学び
さらにミュンヘン大学で博士号を取得後、帰国後は日本初の林学博士として東大の助教授を経て教授となる
日本全国各地の大規模な公園(日比谷公園を筆頭に、北海道大沼公園、明治神宮、福岡の大濠公園など)の数々の公園設計・改良に携わった。
明治期以降の日本国内のほとんどの大規模公園の開設や改良に携わっている。
このため本多静六は日本の「公園の父」とも呼ばれる。
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幼くして父を亡くし、苦学した経験から、本多静六は『勤倹貯蓄(きんけんちょちく)』をモットーとし、
収入の4分の1は必ず貯蓄。貯金と株式投資に回し投資家として巨万の富を築いた成功者である。
貧乏農家という出から東大教授となり25歳からの徹底した強制貯金と倹約でコツコツ分散投資を始め
最終的に現在の価値で100億円規模の資産を築き上げたことでも有名な人物である。
東大教授退官を機に、投資で築き上げた財産のほとんどを寄付したことでも有名な人物である。