【本日の名言】「力といえども知性無くしては無に等しい」とはフランスの皇帝ナポレオン(1世)による『ナポレオン言行録』としてのこされた言葉であるがその意味・解釈・教訓とは?名前だけは聞いたことあるけど意外と知らない皇帝ナポレオン・ボナパルトとはいったい何をした人?どんな人物?なのかについて
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目次
【本日の名言】「力といえども知性無くしては無に等しい」の意味・解釈・教訓とは?
この言葉の出典はフランスの皇帝ナポレオンによる『ナポレオン言行録』より
力といえども 知性なくしては無に等しい
の意味とは、
どれだけ大きな権力を持っていたとしても
力だけで力づくでなにかを推し進めようとしても知性が反乱を起こす。
知性だけで納めようとすれば力が反抗を起こす。
何事もバランスが重要であるし、力と知性どちらかが欠けていても大きなことは成し遂げられない
知的な頭脳の働きを持たずに、力だけで物事をやり遂げることはできない。
またどれほど強大な力(権力)を持っていたとしても知性を持ち合わせていなければそれは全くの無意味である。
フランス革命後の混乱の収拾をはかり
一代にして軍事独裁政権を成立させ、フランス皇帝へとのし上がったナポレオン1世らしい言葉である。
ナポレオンによるその他の名言
ナポレオン1世こと皇帝ナポレオン・ボナパルトは非常に名言が多い人物である。
誰もが一度は耳にしたことがあるかもしれない。
「愚人は過去、賢人は現在、そして狂人は未来を語る」
「約束を守る最上の方法は 約束をしない事だ」
「三つの敵意ある新聞は千の銃剣よりも恐ろしい」
「不可能という文字は愚者の辞書にしか存在せぬ」
「醜い女は我慢できるが高慢な女は辛抱ならぬ。」
ナポレオン とはどんな人物?簡単に解説
Napoléon Bonaparte
ナポレオン・ボナパルト
1769年コルシカ島にて誕生〜1821年セントヘレナ島で没(享年51歳)
フランス革命期の皇帝・軍人・英雄・政治家
ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン1世)はコルシカ島のイタリア系の地主であったボナパルト家(コルシカ貴族)の出身
フランスで教育を受け、パリ士官学校を卒業
フランス革命初期にはジャコバンクラブに入会しコルシカ島独立運動に参加するも指導者と揉めてボナパルト家一族でフランスに亡命
砲兵士官となったが山岳派支持の小冊子を発表し逮捕される
1795年 パンデミールの反乱を鎮圧して再起
総裁政府によってイタリア遠征軍士官に任命されて手腕を発揮する。
この頃かにナポレオンの人気は頂点に達したと言われる。
1799年エジプト遠征から帰国後
ブリュメール18日のクーデターを断行し総裁政府を倒した。
ナポレオン自らが第一執政となり執政政府を樹立し軍事独裁を始める。
イタリア、オーストリアを次々に征服する
王党派や共和派を弾圧し、やがて帝国の成立を宣言
1804年にはついに皇帝となり第一帝政が始まった
ナポレオン法典の制定などナポレオンによる功績は
教育制度の再建、宗教協約(コンコルダート)の締結、司法の再編成、産業振興など。
ナポレオン戦争を遂行し、全ヨーロッパの制覇を図った。
しかし、スペイン侵略に失敗、モスクワ遠征にも失敗し、解放戦争に敗れて1814年に退位しエルバ島に流刑とされる。
翌年にエルバ島を脱出し再起するも、ワーテルローの戦でイギリス軍に敗れ、これは百日天下となった。
最後はセント・ヘレナ島に流刑となり51歳没した。