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【本日の名言】事を論ずるにはまさに己の地、己の身より見(けん)を起こすべしby吉田松陰とはどんな人物、意味・解釈・教訓とは? 

事を論ずるにはまさにおのれのち己の身より見を起こすべし

【本日の名言】「事を論ずるにはまさに己(おのれ)の地 己の身より見(けん)を起こすべし」とは幕末期の志士、思想家・教育者であり、のちの明治維新で活躍することになる多くの若者に思想的に影響を与えた人物・吉田松陰(よしだしょういん)による言葉だが、その意味・解釈・教訓とは?たった29歳にしてその生涯を終えた吉田松陰のその他の名言や人物像とは?




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【本日の名言】「事を論ずるにはまさに己の地 己の身より見を起こすべし」 の意味・解釈・教訓とは?

この言葉の出典は幕末期の武士で、後の明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えた吉田松陰(よしだしょういん)によるものである

愛弟子であった久坂玄瑞(くさかげんずい)の書いた文章を批評した『久坂生の文を評す』より

読み方:
事(こと)を論(ろん)ずるには、当(まさ)に己(おのれ)の地(ち)
己(おのれ)の身(み)より見(けん)を起(お)こすべし

この言葉(文章)には、実は少し続きがある

事を論ずるには、当に己の地、己の身より見を起こすべし
乃ち着実となす。

本来の意味だと、
天下国家のことを論じる(意見を戦わせたりする)には
当然、自分が暮らしている場所、地域、自分自身の立場から意見を考え始めるべきである。それが着実な物事の進め方だ。

何か物事を学び、そのことについて論じる(意見を述べたりする)のであれば
自分の立場、自分自身の身に関わりのある物事に置き換えてその物事をとらえるべきである。

ごく簡単に言えば、自分で見た、聞いた、経験したことを自分の立場、自分の言葉でもって話しなさいということ。

何か物事について述べる時に、口先だけになってしまっては説得力に欠けるものだ
自分の身に関わりのあるもので考えるというのは
自分自身の立場や背景、周囲の環境でもって自分の意見、自分の哲学を述べるべきだと言う事でしょう。

吉田松陰によるその他の名言

志(こころざし)を立てて以て万事の源と為(な)す。
すべての実践は志を立てることから始まる。

立志尚特異
志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない

百年一瞬耳
百年の時は一瞬に過ぎない

至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり
本当の誠実さを持ちながら行動を伴わない人はおらぬ、本物の誠実さがあるというのであれば、行動することだ

死して不朽(ふきゅう)の見込みあらばいつでも死ぬべし。
生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。
死ぬことによって志が達成できるならば、いつ死んでも良い。
生きていることで大業の見込みがあれば、生きて成しとげれば良い。

 

吉田松陰(よしだしょういん)先生とはどんな人物?

吉田松陰(よしだ しょういん)
名は矩方(のりかた) 通称:寅次郎
字 :義卿   別号:二十一回猛子

1830年長門にて誕生〜1859年江戸で没 享年30歳 (満29歳)
幕末期の志士・長州藩士・思想家・教育者・尊王論者

長州藩の下級武士 杉百合之助(杉常道)の次男として生まれる

5歳のころ叔父の吉田大助の養子となる
10歳にして藩校明倫館で講義をおこない、長州藩兵学師範となる

西洋兵学の研究のため長崎へ遊学し他の藩士との交流を深める

1851年、江戸に出て佐久間象山に入門し学び、脱藩する

常に海外事情に注意し、1854年の米国艦隊渡来(ペリー来航)の際には下田で海外密航を企てるも失敗し投獄される

ペリーの来日、これを機に幕府への憤り、倒幕、尊王攘夷の考えに急速に目覚める

翌年出獄したのち、松下村塾(しょうかそんじゅく)を開いた

幕末・明治期の尊王攘夷運動の指導者たち(高杉晋作、久坂玄瑞、井上聞太、伊藤博文など)を教育し輩出した。

安政の大獄によって江戸伝馬町牢屋敷で刑死
老中の暗殺を計画したとして死刑(斬首刑)

著書『西遊日記』『留魂録』など




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